先日YouTubeで、ホリエモンこと堀江貴文さんの
「公文式」の問題点について私の見解をお話します
という動画を拝見しました。
なるほど…そういう風に感じる方もいらっしゃるのか
と思ったので、情報を整理しました。
堀江さんの意見をまとめたら
公文式に通わせる意味がない
ホリエモンの言い分
あんなつまんないことをイヤイヤさせる親なんて
幻冬舎の社長がバズらせた(「公文式算数の秘密」の編集者だったそうです)
小3のひっ算で公文生に負けたので教室に見学に行った。
「速く解くためのテクニックを教えている塾」
反復練習をしたら早くなる
頭の良さは関係ない
メソットだけでやらなかった
クラスの点数を上げるには効果がある
計算機があるこの時代には必要ない
本質的な勉強のやり方を学ぶのではなく、計算のスピードを上げるだけ
人間が必要とする能力は、物事を本質的に考えられる能力や
コミュニケーション能力 の方が必要
計算を早くするための塾に通うよりは、みんなと遊んで仲良くなるスキルを伸ばした方が良い。
学習能力の低い子どもに勉強を教えても伸びが小さい
公文式がやっているのは
伸びしろが小さい人にフェイクで学力がついたように見せるテクニックを教えているのに過ぎない
工場のライン工だったり、スーパーのレジ打ち
が早くなるようなスキルを教える塾だから昭和には役に立った。
今の世の中には役に立たない。
こんな内容だったと思います。
賢い人から見た公文式だな~と。
堀江さんは、頭の良い人だから「勉強が分からない」ということが感覚的に分からない。
世の中、頭の良いひとだらけなら、確かに「公文式」に通う必要ってないと思います。
でも世の中には、頭が良い人だらけではなくって、逆に学校の勉強にもついていくのがしんどい人も多数いるわけです。
勉強が分からなくなる原因として、やはり練習量が少ないことが原因であることも多い。
全ての人が堀江さんのようにサクサクこなせるわけではないんです。
「物事を本質的に考えられる能力」や「コミュニケーション能力」も、土台にある程度の国語力が必要だと思います。
「考える」ということは、どうしても言語能力がある程度なければ考えることすらできない。
コミュニケーション能力に関しても同様に、相手の言うことを理解する力、そして自分で考えていることを相手に伝える国語力が必要なんだと思います。
公文式を計算練習の場所…とだけ決めつけて
「公文式には行かせる価値がない」
と言い切ってしまうのはどうでしょう?
公文式というのが分かりにくいんだろうな…というのが原因なんですが、堀江さんのYouTubeの内容を見て
「公文式には通わせる価値がないのか」
と考えられる保護者の方が1人でも増えてしまったら、非常にもったいないな~と思ってしまいました。
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