「なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?」
ってタイトルが衝撃的ですよね。
そのタイトルに惹かれて読んでみました。
実際、最初に読んだのは発売直後の2017年。
それから4年経って、読み直しをしたので、初めて読んだ時の感想とは若干違っているのですが。。。
率直な感想
最初の公文の教室での先生とお母さん、そして生徒のやり取りは
「公文らしい日常」だなと感じました。
第1章:東大生の3人に1人は公文式出身
第2章:なせ月6000円で学力が伸びるのか?
第3章:1枚のルーズリーフから始まった
に関しては、かなり取材をされたり、関連の本を読まれて、事実に沿った内容だと思いました。
ただ
第4章あたりから読んでいてモヤモヤを感じてしまう。
取材対象が中学受験のプロだったりするので、
「高校数学を容易にする」
公文の概念と相反するご意見がたっぷり。
「そこが目標じゃあないのよ!公文は!!」
と怒りを感じて読んでしまうのです。
創始者は「18歳になった時に自分の進路を拓けるように」と願って作っているのだから
中学受験時にその力は育っていないだろう!と。
そして、せいぜい中学相当の数学を終了させてから受験塾に変える子が多いので、
その先の高校数学に進んでいる子にあまり遭遇していないのでは?
と思ってしまいます。
高校数学の教材では、教科書や参考書では扱わない
もしくはサラッとしか紹介していない公式の導き方など、
自分の頭でそれなりに考えないといけない所も
虫食い問題ではあるものの
自分で考えさせる問題が出ています。
それを「計算だけだから」とか「考えない癖がつく」みたいな書き方をされているので
最終教材まで見たの??
と言いたくなるのです。
教室の現場では、
基本は国語力。
そして計算力をつけ
英語読解力もつける
という3つの柱で考えているはずなのに、
本の途中から「算数・数学に偏った考え方」が羅列する印象。
公文は国語を大事にしていますけど?!
と声を大にして言いたくなる。
公文の歴史についても詳しく書かれているんですが、
公文家は国語教育に重きを置いていた
というところが抜けているんです。
公文のベースは国語です。
たまたま数学教師が作ったから算数からスタートしただけ。
と、言いたいことは山ほどある。
違う側面から見る
違う側面から見る
ということでは、かなり役に立つ内容だと言える。
くもん出版から出ているわけではないので、PRとは違いますし。
一番頷けるのが
「教室の指導者の質に結果が左右されること」
全国…いや世界共通の教材であるにも関わらず、
その進度は指導者のさじ加減一つだと思うからです。
それを創始者は「指導者にも能力差がある」と言っています。
指導力が一番の指導者が、100人中50番の子ども(能力が真ん中)を指導したら
100人中1番になると…
一番になるのが目標ではないでしょうが、
子どもを潰すような声かけをする指導者なら残念ですよね。
自分の近所の教室の先生が良い先生で良かった~
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